今まで、色々な『駆け引き』をしてきた。
趣味が趣味だから、当然といえば当然ではあるのだが。
だけど…そんな駆け引きなんて対象にならないほど、今回の『賭け』は大きい。
それも、ギャンブルではなくて…。
駆け引きの相手は、今俺の前で、分厚い魔法知識の書を開き、細かく説明をしてくれている、お人好しの我がマスター殿。
その説明を真剣に聞く振りをして、実際俺はその『声』を楽しんでいる。
何故なら…これで都合5回目ともなるこの説明は、当然俺の頭の中にはインプットされているからだ。
それなのに、何故同じことを繰り返し聞いているのか…。
それが、俺の『駆け引き』って奴だ。
「…という訳。今度こそ解っただろうな、レジー」
「いつもながら、解りやすい説明だな、ルーファス」
もちろんからかって言っている訳ではない。
こいつの説明は、多分その人柄にもよるのだろうが、とても丁寧で解りやすく、要点をきっちり突いてくるから。
名プレイヤーは必ずしも名コーチにはならないという言葉もあるが(その典型はデイル先輩だと俺は思うが、これは余談)ルーファスは…名プレイヤーで正に名コーチでもあると思う。
「解りやすいなら、何で今までの説明で解らなかったのかな、お前は。これで5回目だぞ、この部分の説明は」
ため息をつきながら、ルーファスが呟く。
「だけど、その部分の応用魔法は、きっちりと出来てるんだぜ、俺は」
「だから余計不思議なんだよ。ここだけじゃ無いだろ?お前が応用『だけ』出来るのって。何で、基礎を覚えていられないのに、応用だけ出来るのかな〜」
ルーファスのため息が、先程よりも強くなる。
「そりゃあ…俺が『天才』に決まっているからだろうが」
悪びれた様子もなく、俺はそう答えた。
…本当は、ここも他の所も基礎なんて覚えちまっているんだけどな。
先程の疑問に戻る。
それなのに何で、まだ覚えていない振りをするのか?
答えは本当に簡単なこと。
俺が本気で惚れちまった『こいつ』と、一緒にいる時間を増やすための『駆け引き』
他の教科はともかく、魔法知識は俺の場合、このアカデミーに入った時には殆ど無かった。
その俺に、この親切丁寧な教え方で色々と知識的なものを教えてくれたのは、ルーファスだった。
そんなルーファスに本気で惚れちまったのはいつだったかなんて、覚えてはいないが、気が付いたらこいつだけを目で追っていた。
お人好しで、時には頑固で、人をまっすぐに見てくるルーファス。
ずっと側に置いておきたくて…。他の奴らには悪いが、こいつを手放したくはなくて…。
取った手段が苦手な『魔法知識』を覚えないこと。
いや、当然実際には覚えている。
こいつのこの馬鹿丁寧で解りやすい教え方をうけて、覚えられない人間がいたら、そっちの方が俺は不思議だ。
だけど、そのルーファスが教えても全然覚えない奴の面倒を、他の奴が見たがる訳がないだろ?
しかもそれが、全ての魔法における基礎ともいえる『知識』のことだ。
お蔭で俺は、週の半分位はこいつを独占することに成功している。
…とはいえ、やりすぎると…
「やっぱ…俺の教え方が下手なのかなあ…」
今までの中で、最大級のため息。
真面目なルーファスは、決して他人の能力を責めずに、自分自身の不足部分を察知して落ち込んでしまう。
だからこの駆け引きは大変だ。
ルーファスを落ち込ませること無くやらなければならない、『勝負』だから。
…やれやれ…。この場所はこの位で『覚えた』ことにしておくか。
でないと、マジでへこむからな、ルーファスは。
「バーカ」
そう言って軽く笑うと、俺はルーファスの額を人指し指で軽く突つく。
「本当に下手だったら、応用までいかねえよ。お前の教え方がうまいから、とっとと応用が効くんじゃないのか?」
「レジー…」
ルーファスの少し沈んだ色の瞳に、力が出てきたのを俺は発見した。
そう、それでいいんだよ。
落ち込んでいるお前なんて、見ていたってつまらないんだからな。
いくらその原因を作っているのが俺だとしても…いや、原因だから尚更、お前にそんな落ち込んだ顔をさせたらヤバイと思ってんだぜ。
「…ま、何とかこの部分はこれで大丈夫だと思うから、明日は次に進んでくれよな」
「本当だろうな。明日確認したらまた、すっぱり忘れていたなんて、ごめんだからな、レジー」
…それは絶対にない。100%…いや、120%確実にない。
だけど、それを悟らせる訳にはいかない。
「解ってるって。今度こそ大丈夫だと思うぜ、ルーファス」
まあ、まだ先は長いし、魔法知識の書は分厚い。
これからも…他の奴らにも、ルーファスにも悪いとは思うが、俺が勝たせてもらうぜ、この『勝負』
この俺を本気にさせたお前の責任だと思ってくれよな、ルーファス。
こいつだけは…絶対に渡さない。誰にも。
一世一代の、俺の『大勝負』なんだからな。
H12,12,9脱稿
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