FLOWER FESTIVAL

「フラワー・フェスティバル?」
 一日バイトの花屋さんで、キャラットから初めて聞いた言葉に、美聖(みさと)はその言葉を反復する。
「あれ? 美聖さん知らないんだ。美聖さんの世界じゃなかったのかな? 今日はフラワーフェスティバルの日なんだよ」
 なるほど。それで今日は、いつもに比べて花を買いに来るお客さんが多かったはずだ…。と、近くにあった椅子に腰かけて、美聖は心の中で呟く。
「花の博覧会だとか、花の万博ってのはあったけどな。フェスティバルっていう決まった日はなかったな」
「花の…ばくばくって何?」
…ちょっと違う…。
「…で、そのフラワー・フェスティバルっていうのは、どういうお祭りなんだ?」
 この街の賑やかさに加えて、フェスティバルというからには多分、お祭りなのだろうと察して、美聖はキャラットに聞いた。
「ん…とね、ちょっとお祭りとは違うんだけど、好きな人にお花をあげる日なの」
「好きな人に?」
「うん。大好きな人には赤い花、いつもお世話になっている人には白い花、あとね…」
 あと何種類か花の色を聞いたが、美聖もさすがに一度には覚え切れなかった。
「さっき、若葉がお兄さんにって葉書出しに行ったでしょ? あれもフラワーフェスティバルの葉書なんだよ。遠くにいる人に贈る、押し花なの」
「そうか。さすがに花キューピットはないよなぁ」
「花がキューキューピーピー言うの? 美聖さんのところは」
 言わないって…。
「花を贈るってのはないけど、俺のいた世界じゃ、バレンタインデーっていうのがあるぞ」
「ばれたらいたい…って何?」
…世界の違いは言葉の違いだと、美聖はこういうとき、しみじみ思ってしまう。
「バレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日なんだ。で、その一ヶ月後にホワイトデーっていうのがあって、そのお返しにクッキーとかキャンディーをあげることになってる」
 ちょっと違うかもしれないけど、簡単に分かりやすく説明しないと、また言葉の違いの壁に激突してしまう。
「ふうん。それじゃあ美聖さんも、チョコレートたくさんもらったんでしょ?」
「だったらいいけどな。あいにく余り貰ったことなくて」
「何で?」
…と聞かれても、返答に困ってしまう…。
「ふっ、それだけ女に縁がなかったということだな、美聖」
 突然耳に届く、聞き慣れた声。
 おまけにえらく失礼な発言ではないだろうか?
 事実なだけに反論できないような、こんなことを平気で言うのは…。
「そろそろ出る頃だと思ってたけどな…。いつから人の話聞いてたんだよ、カイル!」
「気にするな、たたの通りすがりだ」
 人の話を立ち聞きして、バイトの邪魔をしてくれるのが、ただの通りすがりのやることか。
 幸い今日は、もうバイトが終わったからいいものの、今まで何度この男のせいで、迷惑を被ったか…。
「こんにちは、カイルさん。カイルさんもフラワーフェスティバルの贈り物、買いに来たの?」
「何でオレがそんなもの買わんとならんのだ!馬鹿馬鹿しい。花などくれてやる気も貰う気もない!」
 キャラットの言葉にむきになって反論するカイルだったが、ちゃんとその手には白い花束があった。
「…その手に持ってる白い花束は、どう言い訳しても無くならないぞ」
 意地っ張りなカイルの態度に呆れつつも、美聖が呟く。
「こっ、これはだなっ!パーティの女共が…いらんというのに押し付けていっただけだっ!」
「ふうん。それにしては嬉しそうだな」
「キ…ッサマーッ! そういうキサマはどうなんだっ!」
「はい、美聖さんっ! ボクからのフラワーフェスティバルの贈り物v」
 ナイスタイミングでキャラットが美聖に渡したのは、赤い薔薇の花束。
「で、これはカイルさんに。ボクと若葉と楊雲さんからだよ。魔宝集め、お互い頑張ろうね」
 そして、カイルに渡したのは、白い花束であった。
 色の上では、見事に美聖の勝ち。
「ふん、仕方ないから受け取ってやる。感謝しろ」
 そう言いながらも、カイルも実は内心喜んでいると、美聖には分かっていた。
 全く、素直じゃない…。
 初めて出会った頃だったら、まだこういう性格だと分からなくて、きっと何て嫌な奴だと思っただろう。
 旅を続けている間に、だんだんその人間性が見えてきて…。
 今ではそんなに嫌いな奴ではなくなっている。
 それどころか…多分…好きだという気持ちが、かなり多いかもしれない。
 だから…。
「それじゃあ、これも受け取ってくれるよな」
 キャラットみたいに可愛く手渡しなんて出来ない。
 だけど、フラワーフェスティバルの話を聞いたときに、真っ先に浮かんだのが…何故かこの男の顔だった。
 おまけにここは花屋。
 フラワーフェスティバルのおかげで大繁盛だけれど、ちゃんと花は残っている。
 そして、手持ちで今買ったばかりの花。
 何色を送ったらいいのか分からなかったけど。
 大好きを意味する赤でもなく、世話になっているを意味する白でもなく…。
 ピンク色の花。
 どうしてその色を選んだのか、美聖自身にも分からない。
 ただ、これがいいと、直感で買っただけ。
「仕方ない。オマエがどうしても…と言うからもらってやるだけだぞ」
「はいはい」
 そんなこと言った覚えはないけれど。
 それでも受け取って貰えたからいいか。
「さてと、バイトも終わったし、若葉たちと合流して、食事に行くか」
「わーい。きっと今日は、フェスティバルのお花料理だよ。ボク大好きなんだ。それじゃあまたね、カイルさん」
「フン、花を貰ったからといっても、手加減はしないからな。次の魔宝こそオレが手に入れる!」
「そう簡単に渡すか! 俺だって負けないからな」
「ボクだって!」
「せいぜい頑張ることだ」
 マントを翻し、カイルは美聖たちに背を向けた。
 …が、
「おい、美聖!」
 突然立ち止まり、そのまま美聖に向かって何かを投げてくる。
 それを美聖が受け取った時には、もうその場にカイルの姿はなかった。
「…足、速いね、カイルさん。もういなくなっちゃったよ」
「それはいいけど…いったい…何なんだ? あいつ…」
 カイルが美聖に投げたのは、小さな花束。
 話をしていた時には多分、他の花の陰に隠れて見えなかったに違いないそれは、可愛いピンク色の花と、赤い花が数本。
「ちゃんと渡せばいいのに。照れ屋さんなんだね、きっと」
「キャラット…それ、本人の前で言わない方がいいぞ」
 事実を言われると、むきになって怒るような奴だから。
 でも…何か嬉しい。
 どうしてだろう。
 小さな花束だけど、この花束が気持ちなら…そのままカイルの、いつも突っ張っている態度に隠された本当の思いを手に入れたような感じがする。
 こうして少しずつ見えてくる気持ちがすごく嬉しいのは何故だろうか?
 考えても分からないけれど…まあいいか。

 あれ…?
 カイルが美聖に投げてきた花束を見た時、キャラットは違和感を感じた。
 美聖がカイルにピンクの花をあげたのはまだいい。
 フラワーフェスティバルを知らなかった美聖が、その花の色の意味を知る訳がないから。
 もしかして、カイルさんも知らなかったのかな?
 あの人、魔族だから、そういう事知らなくても、おかしくないし…。
 だけど、知っていたとしたら、すごく大問題だと思う。
 だって、ピンクの花は…。
 プロポーズの花だから。


 そして…。
 今の時刻を遡ること一時間前の、とある花屋であった出来事。

「そこのピンク色の花と赤い花を、小振りでいい、花束にしてもらおうか」
 花屋の人のいいお兄ちゃんは、店に入ってきたお客さんにそう言われて、びっくりしてしまった。
 普通の客なら、当然驚かない。
 何たって、今日はフラワーフェスティバルなのだ。
 しかし…その客は…
 見ただけで魔族と分かる、長身の男。
 昔から魔族は、他人のことなんか考えない悪者だと教わってきたので、このフラワーフェスティバルに、まさか花を買いに来るなんて、思わなかったから。
 しかも、ピンクと赤の花だという。
 どう見たって…これは…。
「あ…あのー、本当にこの色でよろしいんですか?」
 恐る恐る聞いてみたら、その紅い目でぎろっと睨まれてしまった。
「花の色の意味ぐらい知ってるぞ!」
 そう怒鳴られた時には、数秒間固まってしまった程だ。
 だけど…。
 その花束を受け取ったときには、その恐かった雰囲気が一転して…。
 ほんの一瞬だけど、すごく柔らかな表情になった。
 そして、ちゃんと花代を払って、魔族の男が店を後にした時、この花屋のお兄さんは、もしかしたら、魔族って悪い人ばかりではないのかも…などと考えてしまった。
 正直なところ、すごく恐かったけれども…。


 今日一日で、たくさん花束を貰ってしまった。
 まるでおとぎ話のお姫様のように、花に囲まれた宿屋の一室で、美聖はつい嬉しさの余り、笑みを浮かべてしまう。
花屋でキャラットにバラの花束を貰い、その後若葉、楊雲から。食事をみんなでとった後に、カイルのパーティとレミットのパーティの女の子たちから。そして、アイリスがレミットからだという紅い花の花束を持ってきてくれて…。
 その時初めて、フラワーフェスティバルに貰った花束のお返しの事を知った。
『そうですね…。大体は食用ですし、ジャムなんか作って、花を頂いた方に返すというのが普通ですが…。後は、ポプリやクッションを作ったり…』
 完全に自分ではお手上げである。
 とりあえず、宿屋のおかみさんに聞いて、ジャム作りは何とかなった。
 やはりフラワーフェスティバルの時には、そういう対応が多いらしく、殆どジャム作りに専念していた、人の良いおかみさんは快く、この頼みを引き受けてくれたから。
 何とかパーティごとのお返しは、これで何とかなりそうだ。
 そして…。
 今、美聖はアイリスが教えてくれた、ポプリの作り方の書かれた紙とにらめっこしていた。
 …レミットから貰った花束で作るポプリは、アイリスがその制作をしてくれることになったから良いのだが、問題はもう一つの小さな花束の方。
 ピンクと赤の、可愛い花束。
「しかし…カイルの奴、どんな顔してこれを買ったんだ?」
 花屋のお兄さんを怖がらせたという事実を、美聖は知らない。
 でも…やっぱり嬉しい。
 みんなに花束を貰ったのに、カイルへのお返しだけは、どうしても自分で作りたい位に。
 ポプリなんて、あいつは受け取ってくれないかもしれないから、ただの無駄な作業かもしれないけれど。
 だとしたら、自分が持っていればいい。
 例え針で指がぼろぼろになったって、これだけは自分の手で作りあげたい。
 …これでは近所の女子高生と大して変わらないような気もするが…。

 自分が幸せでいられるから、きっとそれは良いことだと思うことにした。


 美聖から花束を貰った時、カイルは一瞬硬直してしまった。
 可愛らしい、ピンク色の花束。
 どちらかというと、美聖に似合いそうな感じさえするほどの。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 問題なのは、その花の色だ。
 ピンク色の花の意味…多分美聖は知らないで、この花を選んだに違いない。
 それでも…なんか…こう…不思議な気分だ。
 今まで、一度も感じたことのないような。
 目的の為ならば、手段を選ばん筈のこの冷酷な自分らしくもない! カイルは頭を振って、その感情を追い払おうとするが…。
 追い払えば追い払うほど、自分の脳裏の奥深くまで刻まれていく。

 自分とは全く考え方の違う人間。
 そんなものは、この世界にはいくらでもいる。
 その中でも何故、美聖だけがこんなに気にかかるのか?

 花の意味を知らないだろう美聖と違い、明らかにその意味を知りつつ、美聖に渡す花を選んだ自分。
 その理由は、カイル自身が一番良く分かっている。
 美聖を打ち負かしたいのは確かだ。
 絶対に負けたくない相手。
 そして…美聖をこの自分の手中に捕らえたい。
 捕らえて…だが、そしてどうしたいのだ?
 自分の意のままに服従させれば満足するのか?
 違う。それでは満足しない。
 あの瞳…戦いの時に輝くあの眼差しを、自分だけに向けさせたい。
 そのためには…美聖を押し殺してはならない。
 ならば…どうすれば良い?

 答は、まだ今のカイルには見出すことの出来ないもの。
 この旅…魔宝を巡っての戦いが終われば、分かるだろうか…?

 ただ一つだけ、分かっていることがある。
 美聖に渡した花束。
 カイルにとっての、あの花の色の意味。

『お前は…オレのものだ…』

H9,2,15脱稿
H9,3,30改稿