隣で何かが動く気配に、カイルは目を覚ます…。
薄目を開け、周囲を伺えば、美聖の姿が映る。
素肌の上に肌掛けを巻き、膝を抱えて何かを考えているような表情をしていた。
滅多に見る事のないその表情。
少なくとも、あの世界…美聖にとっては異世界で、カイルにとっては元々いた世界では、見る事のなかった表情。
いったい、何を考えているのか…。
しばらくそんな美聖の姿を見ていたカイルは、初めて美聖に逢った時の事を思い出していた。
過小評価をしていた…と思う。
小生意気な妖精が、きゃんきゃん騒ぎ立てている中で、我関せずというような目で、それを見ていた美聖。
ただのつまらん人間だと、そう思う事しか出来なかった。
だから…魔宝の入手に関しても、決して美聖に負けるなんて事はないと、信じていた。
少なくとも、ガミルの洞窟で、美聖と初めて戦うまでは。
最初はトラップの山との戦いだった。
洞窟など歩き慣れていないせいか、最初はすごい勢いで進んでいた美聖達のペースが、途中からかなり落ちている。
そこへ一気に追いつき、先行するつもりだった…が。
その最大の妨げとなったのが、そのトラップだった。
こんな単純なもの、簡単に解除してやる!と思っていたカイルだったが…。
それが二重構造となっており、一つ目を解除した途端に、もう一つのトラップが作動するなどとは、思ってもいなかった。
「こ…こんな罠仕掛けたのは誰だっ!」
自分の叫びに『済まん、俺だ』と美聖が返事をしたのには、少なからず驚いた。
それでも何とか追いつき…当然そう簡単に、先に行かせてくれる気は美聖にもなかったらしく、その場で戦いとなったが…。
予想以上にしぶとい相手だった。
もう少し早く、けりがつくと思っていたカイルの思惑とは裏腹に、他のメンバーが自分と美聖を残して全員戦闘不能となった時点でも、美聖は息切れ一つしてはいなかったのである。
もちろん自分もだが…。
「以外とやるな、美聖。ただの弱い人間だと思っていたが…」
「お前もな、口先だけの奴じゃなかったようだな」
そう言って笑う余裕さえあるようだ。
「だが…オマエがあなどれん奴だと分かった以上、オレも本気でやらせてもらう! オレの力、痛みで感じろ!」
カイルの必殺の一撃。
さすがにこれで、片は付いたと思ったが…。
「痛い…痛すぎるぞっ!」
そう文句を言い、ふらつきながらも美聖は、まだ倒れてはいなかった。
必死に両の足を地につけ、立っている。
「ほう、オレの一撃を食らっても、まだ立っていた奴は初めてだ」
「これでも一応、鍛えているからな。お前が本気を出したなら…俺も本気を出させてもらう!」
美聖が脇に抱えていた細長い袋。
口を閉じていた紐を解き、その中に入っていた物を取り出す。
それは、一本の木刀。
その木刀を持ち、カイルの方に向き直り、美聖は目を閉じて一つ、深い呼吸をする。
「行くぞっ!」
言葉と共に、開かれた美聖の瞳。
その瞬間…カイルは全身に、強い電流が走ったような感覚を覚えていた。
先程までとは明らかに違う、美聖の気の波動。
それが痺れとなって伝わってくる。
そして…輝きを増した瞳。
身体中の血が、沸騰する感覚。
久し振りだった…。
戦うことで、ここまで気分が高揚したのは。
「どこからでも、かかってくるがいい!」
カイルの言葉を合図とするかのように、美聖の一撃がカイルに向かって襲いかかる。
それを軽くかわし…た筈だった。
しかし、美聖の一撃は、確実にカイルの右脇に、衝撃を与えていたのである。
「なっ…何だとっ!」
その事が信じられずにいたカイルの一瞬の気の迷いを、美聖が見逃す筈はなかった。
「これでもくらえ!」
予想以上の早さの連続技。
何発かは受け止めたが、その技は確実にカイルの体力を削っていき、そして…。
「このオレがこんなところで…」
美聖の最後の一撃に、カイルは膝を付く。
初めてであった。
このような敗北を喫したのは。
だが、何故か気分は昂ぶったままだ。
負けた事は悔しい…いや、まだ負けた訳ではない。
一本、美聖に取られたにすぎない。
自分が負けたと認めない限りは、美聖の勝ちはないのだ。
ならば…何度でも戦ってやる。
自分が勝つまでは。
何よりも、美聖のあの目…。
本気を出した時の、あの瞳の輝き。
あれこそが、自分がずっと捜し続けてきたものだ。
多分、美聖を意識し始めたのは、あの時だった。
あの目を自分にずっと、向けさせていたかったから。
それからずっと、美聖だけを見てきた。
そして、色々な事を知った。
美聖の強さも…そして弱さも。
他人に優しすぎる事…それが美聖の最大の弱さ。
迷子が出れば探しに行ったり、死霊の生贄を助け出したり…自分では絶対にやらないだろう事まで美聖は自分から進んで行動していた。
始めは、戦いの時の瞳に惹かれ…その興味が段々と美聖そのものに変わっていくのに、そう時間は掛からなかった。
美聖の弱ささえも…。今までの自分ならば『軟弱な奴』と片付けていたはずのそのことさえ、それが美聖の弱さではなく、それを克服することで、強さへと変えていくのだと知った。
美聖の全てを知りたいと…今までの自分からは思いも寄らない考えを生じさせ、戸惑いながらもそれを自然のものと受け止めてしまったのは、その相手が美聖だからだろう。
美聖がこの世界に戻った時…何もかも失ってしまった。
初めて感じたこの思いさえも。
自分がどんなに引き止めても、美聖の思いを変えることは出来なかった。
戦いにおいては、絶対に負けたと思わなかった自分にとって、それが真の意味での敗北ではないだろうか。
だが…それでも負けたくはない。
だから追いかけてきた。
何も知らない世界に、不安がなかったわけではない。
ただ、それ以上に、美聖の存在を欲していたから。
美聖さえ手に入れば、他には何も要らなかった。
それなのに…。
「お前の『真実』が、俺には分からない。何で…この世界まで来たんだ…?」
多分、カイルがまだ寝ていると思っている、美聖の独り言。
…馬鹿かお前はっ!
声を出せば、起きているのがばれてしまうので、仕方なしに心の中で、返事をした。
何で分からんのだ、こいつは!
普通、何か無ければ…美聖のように、何故異世界に飛ばされたのか分からないうちに来てしまったというような偶発事故は除くとして…理由もなしに、自分の意志で別の世界に来たいなどと誰が思うものか。
確かに現実逃避で、別の世界に逃げたいなどと思う者も、いるかもしれないが、別の世界にも『現実』はあり、決して逃避は出来ないと分かった時点で、後悔の念に駆られ、元の世界に戻りたいと思うだろう。
だが、自分は後悔していない。
美聖といられるならば、この世界でずっと生きていくことができる。
帰りたいとは思わない。
それだけ、美聖の存在というものが、今の自分の中では大きなものとなっているというのに…。
「少しは自惚れてもいいのか? 俺は」
ぷっつん。
このまま寝た振りをして、美聖の様子を眺めていようと思ったが、今の美聖の一言で、どこかが切れた音がした。
自惚れていいのか…? だと?
とことん分かっていないようだな、お前は。
少しどころか、大いに自惚れてもいいんだぞ。
それとも、そんなに信用がないのか? 俺は。
心の中で、いくつもの言葉が渦巻くが、
「いちいち言わなければ、そんなことも分からないのか? お前は」
口をついて出た言葉は、そんなぶっきらぼうな言葉だった。
カイルが起きていたことを知った美聖に、枕の直撃をくらってしまったが、それでもカイルは軽々と美聖を自分の下に組み敷いてしまう。
分からなければ教えてやる。
どうせ、言葉では上手く言うことなんて出来ない、自分の真実、思いをすべて伝えてやる。
この身体全体で。
他には何も要らない。
欲しかったのは、ただ一人の存在だ。
今までも…そしてこれからも…。
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