SWEET CHRISTMAS EVE

「美聖、本当の強さっていうのは、力だけではないのよ」
 寒さが突き刺さるような冬の日に、祖父の道場の庭で、美聖にそう語った人がいた。
「本当の…強さ?」
「誰にも負ける事のない、真の強さの事よ」
 黒い瞳は、真っ直ぐに美聖に向けられている。
 いつもこの人はそうだった。
 絶対に、目を逸らして人と話す事がない。
 だから、その言葉は、誰のどんな言葉よりも、美聖には深いものだと感じたのだ。
 人の目を見て話をする事…。その当たり前の…そして大切な事も、美聖はこの人…姉から学んだのである。
「真の強さは、心から養われるもの、いくら剣の腕があっても…力を持っていても、それが本当に活かせるか否かは、心が決める事。だから、まず心を鍛えなければならないわ」
「心…?」
「そう。絶対に、何事にも揺るがない強い精神。意志を貫く力、諦めない心…。それが自分の力の元となり、本当の強さとなるのよ」
 姉がそう言うのならば、それが美聖には本当の事だと思えた。
 誰よりも強い姉、それは美聖にとっては理想の姿だったから。
「でも、どうすれば心を強くすることが出来るの? 姉さん」
 そんな姉に比べれば、自分はまだ子供で…。だからそんな事も、自分には分からなかった。
「心を強くするためには…『真実』を捜しなさい、あなたにとって、ただ一つの大切なものを…」



「何でこんな夢を見たのかな…?」
 まだ半分寝ている頭の中で、美聖はその事を考えていた。
 気が付けば、何か重いような気がする…いや、気のせいではなく、何だか重い。
 これは夢ではなくて…現実のもの。
 確か昨日は、バンドの仲間とどんちゃん騒ぎをして、散々飲んで、部屋に戻ってきて…。
 取りあえず、記憶を探ってみて…分かった。
 自分の横でまだ寝ている者の腕が、自分の身体に乗っている、その重みだ。
 そのような状況となった、昨日の夜の事を思い出すと…何だか、心臓の鼓動が少し早くなったようだ。
 一緒に暮らし始めて一年…何度も『こういう事』をしているのに、いつまでたっても、その事に慣れない俺って…もしかして馬鹿かも…と美聖は考えていた。
 慣れたりしたら、それはそれで大問題ではあると思うが…。
「ああ…そうか」
 不意に、昨日のどんちゃん騒ぎの理由から、今日が何月何日なのかを思い出し、どうしてあの夢を見たのか…その理由に思い当たった。

 今日は12月24日…世間様ではクリスマス・イブ(昨日の宴会は、そのせいであったらしい)
 そして、美聖にとっては、誕生日だった。

 あの夢は…自分が姉と、最後に過ごした誕生日の事。
 病で、自分の命があと僅かしか残っていないと知った姉からの、最後の『贈り物』の言葉。
 絶対に忘れられない、大切な思い出。

「本当の…強さか…」
 姉が亡くなり、もう何年も経つが、あの時の夢を見たのは初めてだった。
 今の自分は…どうだろうか?と、自分に問いかけてみる。
 あの時よりも強くなったと思う。
 だけど…
 まだ『本当』に強くはなっていない。
 自分で、そう思う。

 異世界で、色々な事を覚えた。
 こっちの世界では体験する事はないだろう(あったら一気に犯罪者)戦いの実践で。
 その時に感じた。
 自分の強さは、まだ『本物』ではないという事に。
 そして…それを美聖に実感させたのは…。
 今、美聖がよっこらしょと、自分に乗っかっていた腕を退かした、その腕の主−−カイル・イシュバーンであった。

 多分、実際の戦いにおいては、自分はそれなりに強かっただろう。
 魔宝を巡ってのバトル、必ず最後まで争っていたのは、美聖とカイルだった。
 それは、他のメンバーが女の子ばかりで、体力的にもこの二人が一番強かったという事もあったかもしれないが…とにかく、カイルは、美聖をいつでも真っ先に狙ってきた。
 結局、最終的には、美聖の方が勝ったことが多かった。
 それは、姉から教わった剣技のお陰であり、自分の力だけではないという自覚は、当時からあったが。
 それでも…
 自分は未だに、この男に『負けて』いる。
 何故なのか…。
 理由は、誰よりも美聖が分かっていた。
 カイルは…『本当の』強さを持っていたから。
 大魔王復活という目的は、問題ありだったかもしれないが…。
 今だってそうだ。
 自分が元々いた世界だから、ただそれだけの理由で、この世界にしがみついていた自分と違い、カイルは自らの意志で、何も分からないここへと来た。

 一年前のクリスマスのあの日。
 カイルが自分の所へ来た時に。
 美聖は、本当の意味で、カイルに『負けた』と感じたのである。

「でも…お前の『真実』が、俺には分からない。何で…この世界まで来たんだ…?」
 まだ眠っている者に向かい、美聖は一人呟いた。
 本当に、本人の言う通り、こっちの世界を征服しに来ただけなのかもしれない。
 しかし…それだったら…。
 こういう『毎晩、一つのベッドで一緒に寝る』状況にはならないだろうしな…。
 しかも…男同士で。
 我が身に降りかかった事を思い出し、美聖は心の中で溜息を付く。
「少しは自惚れてもいいのか? 俺は」
 自分が…『真実』だと。
 全部ではなくとも、そのうちの一部であると。
「いちいち言わなければ、そんな事も分からんのか? お前は」
 返ってくるはずのない答えがあった事に、美聖は驚いてしまった。
「お…起きていたのかっ!? カイル!」
「隣でそんなに、がさがさ動かれれば、いくら何でも目が覚めるぞ」
 …だったら、とっとと起きろよ…
 口に出さずに、美聖は悪態をついてしまう。
 多分、自分が考え事をしていた状態、こっそり見て楽しんでいたな、こいつは! と思うと、ちょっと怒ってしまいたくなって…。
「この悪趣味野郎っ!」
 枕を掴んで、それをカイルに向かって投げつけた。
「起きているなら早く布団から出ろ!朝食とらない気か?」
「その前にする事がある」
「いったい何を…わっ!」
 一瞬の隙を突かれてしまった。
 気が付けば、身動きが取れない。
 折角布団から出たのに、また逆戻り。
「何なんだよっ! 朝っぱらから!」
「お前が悪いんだぞ…美聖」
 低い、よく響く声。
 耳元で囁かれるだけで、身体が震えてしまう。
 抵抗する気がなくなってしまう。
「何…で?」
「お前が…気が付いていないからだ。何も…。言わなければ分からんのか?」
「分かん…ないよ。お前が何を考えているかなんて…俺には」
「だったら、今から教えてやる。お前が理解するまで−−な」
「ちょ…ちょっと待っ…」
 反論の言葉は、熱い口付けで封じられた。

 やっぱり…自分は負け続けている。
 今、やっと気付いた位だ、
 自分にとっての『真実』にも。
 今まで気が付かなかったんだから…一年前に行動したカイルには…敵わない。
 身体中が熱に取り込まれ、何も考えられなくなるまでのほんの僅かな時間で、美聖は初めてその事に気が付いた。

 カイルにとっての『真実』が自分であるように…。
 自分にとってのただ一つの『真実』は…。
 紛れもなくカイルの存在だ。

 だから、自分は強くなれる。
 本当の『強さ』を持つ事が出来る。

 でも、きっと、それでも…
 カイルには敵わないような気がする。
 多分、一生。
 いつでもカイルは、自分の前にいるから。
 だが、追いかけていたい訳ではない。
 自分はいつでも、この男の横に並んでいたい。

 だから…頑張れる。
 本当に、強くなる為に


 

H08,12,21脱稿