HAPPY HAPPY Xmas


   世間は、多分今日も昨日のクリスマスイブ同様に、賑やかであるだろうと思うのに。
 何故自分は、そんな一日を、布団の中に篭って迎えないとならないんだろう…?
 ちょっとだけ、つまらないような気がして、鵺野は頭まで被ってしまい、拗ねた表情でそんな事を考える。
 まあ、こんな時にうっかり風邪を引いてしまった自分の自業自得ではあるのかも知れないのだが。

「どうせ、昨日のクリスマスパーティーで、生徒たちとはしゃぎすぎたんでしょう?良かったですね、今日がもう冬休みで」
 そして、今日の朝、仕事に出かける前にそう言って、思いっきり呆れた表情で人の事を見てくれやがった同居人…いや、正確には自分がここの居候である訳だが…まあとにかく、そんな可愛気のない、この部屋の主の事を思い出す。
 それが事実な故に、そいつ…玉藻の言葉に、全く反論も出来なかった。
 だけど、こちらは風邪引きであり一応は病人で、医者ならもう少し優しくしてくれてもいいんじゃないか…とか言い返してやろうとも思ったが、既にその時点で声が完全にノックアウトを喰らっていたのだった。
 思い切り反論しようと声を出そうとしたら、出てきたのはしゃがれたかすかな声と、盛大な咳だけで…そのままあえなく布団に沈む事となったわけである。
 でも確かに、玉藻の言う通り、既に冬休みに入っていたのは幸いだった。
 お陰で少なくとも、授業は休まずに済むし、生徒にも風邪で寝込んだなどという事は知られずに済む。
 しかし…布団の中に丸々と潜ったまま、鵺野は再び思考を玉藻の事へと切り替えていた。

 確か昨日は当直だと言っていた。
 それゆえに昨日のパーティーは誘ってもさっくりと断られたのだったから。
 そのパーティーの帰りにまあ折角のクリスマスだしとプレゼントとか一応持って…無論、生徒の一部に『玉藻先生に渡して』とハートマーク付きで頼まれたものとかもあったりしたので、それを渡しに立ち寄った時には、立て続けに急患の処置を終えた後とかで、仮眠室で休んでいた為に、会話を交わす事も無く自分は戻ってきたのであるが、確かに病院にいたのは確かだ。
 そして、今日の朝…着替えをしに来ただけだと言って帰宅をした時に、鵺野の様子が変だという事に気が付き、熱を測るまでもなく額に手を当てると同時に、このベッドの中へと叩き込まれたのである。
 という事は…当直から続けて日勤って事であり…。
 …何だか、結構真面目に『医者』という仕事に専念している玉藻の様子には、微笑ましいものを感じてしまう。
 元々玉藻が、どうしてこの人間の世界にいる事となったのか、初めてあった時の事からずっと反芻してみると、それは何というか、かなり…。
 …でも、多分本人は自覚してはいないんだろうなあと、そして、それを指摘したら、絶対にまた何らかの理由を付けて否定するんだろうなあと、そんな事を思ってしまう。
 だけど確実に…人間に対しての玉藻の変化というのは、自分は感じ取っている訳で。
 何だかそれもまた楽しい。
 とか思っていたら、さすがに布団の中では息苦しくなってきたので、ひょいっと布団の外へと顔を出してみる。
 咳き込みつつも新鮮な空気を吸い、そしてふと気が付いた。
 …このベッド…こんなに広かったか…? という事に。

 初めてこの部屋に来た時…貧乏神の所為でアパートを追い出され、次の引越し先が決まるまでの暫定的な同居であり、あくまでそんなに長居はするつもりも無かったのだが、その時から今までの自分の生活からしたら、考えられない様な程大きなベッドで、玉藻と共に休んでいたりする。
 まあ確かに、物件が見つかったらすぐに出て行くつもりであったから構わないと思っていたし、その上多分これはいわゆるダブルベッドというものよりも一回り大きな感じのするもので…だから、別に男が二人で寝ていたとしても、窮屈な感じは全くしなかった。
 というか、むしろ何となく…程よい広さと心地よさで、凄くぐっすりと眠る事が出来ていた訳で。
 だが、それが今は、凄く広く…そして何となく薄ら寒く感じてしまう。
 それは風邪のもたらす発熱の所為もあるかも知れないが、何かそれとも違う感じの…。
 一旦身体を起こしかけるも、そのまま背筋にぞくっと寒気が走るのを覚え、再び鵺野は布団の中に潜り込んだ。
「仕事熱心なのもいいけど、早く帰って来いよ…キツネ野郎…」
 自分の声が心細く感じ取るのは、風邪の所為だけなのか。
 それとも…。
 
 
 
 
 
「…野先生…、鵺野先生、起きられますか?」
 耳に届く穏やかな声。
 まだ眠い感じの心地よい酩酊感に、多分自分は生返事をしたに違いない。
 そのぼやけた自分の声の後に、軽く起こすように回された腕に上半身を支えられ、そして、何だかがさがさとする音に混じって小さな鈴の音が聞こえたような気がした。
 そして…その後、口元に運ばれたのは…。
「…っ、甘…っ! い、一体何が…?」
 口の端に当てられたもの、無意識に薄く口を開き、それを舌で感じた時の感想がそれだった。
「ちゃんと起きたみたいですね、どうですか? 気分の方は」
「あ…いや、多分大丈夫…だと思う、うん」
 午前中よりもしっかりとした声、それに言葉を発しても咳がたくさん出て言葉を塞ぐ事も無い。
 元々、鵺野は治癒力はかなり高い方で、風邪で寝込む事など殆ど無いのだから、一日のんびりとしていたのが功を奏したのであろう。 「それなら良かった。一日大人しくしていたようですからね、ご褒美ですよ」
 そんな事を言いながら、いつの間にか帰っていたらしい玉藻が…確かに外をみれば、とっぷりと日が暮れて、部屋には電灯が灯っていたのだら、そういう時間なのであろう…先程、口の端に押し当てられたその甘いものを、再び鵺野の口元へと運ぶ。
 それは、褐色の天使…いや、そういう形のチョコレート。
「……これは…?」
 何でここでそういうチョコが出て来たのかも分からず、それを促されるままに口の中へと入れ、それゆえに明瞭な言葉も出てこないままにそれだけ簡単に問いかけた。
「折角ですからね、私もクリスマスプレゼントというものを買ってみて、それが愛にどういう風に結びつくのかという事を調べてみようと思ったんです」
 なる程、先程聞こえたがさがさした音は、包んであったラッピングを開いた音、そして鈴の音は…今、玉藻が持っているラッピングに付いていた、まるで葡萄の房の様に一杯付いている、鈴の音であろう。
「今のところ、私が興味を持っている人間は、鵺野先生だけですから。そうなると、他に買う相手もいないから鵺野先生に買ってきた。それだけですよ」
 そんな事を言いながら、自分もそのチョコレートを口元に運ぶ玉藻の表情は、確かにいつもの余り感情を感じさせない、そんな顔だったけど。
 それでも、その表情が、いつもよりも和んでいたような…そんな感じだった事に、鵺野は気が付いていた。
「全く…素直じゃないな、玉藻…」
「何か言いましたか?」
「いや、別に…まあ理由はどうであれ、ありがとな」
 そう言って笑みを浮かべる鵺野の様子を見て、玉藻の表情が一段と和らいだことは。
 …自分だけの秘密にしておこう…と、鵺野は思った。

H18.12.25 脱稿