お弁当の謎


『前提』
玉藻と鵺野先生は同居しています。
まだ恋人同士では無いです(えーっ!/爆)でも何となくそんな感じです。
生い立ちの関係上、鵺野先生は家事万能です。
…以上を踏まえた上でどうぞ〜。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 …だから、どうしてこういう情況になっているのかな…?
 自分が現在置かれている立場を顧みて、鵺野は心の中で呟いた。
 ここは童守病院のしかもナースステーションで、ゆえに勿論自分を取り囲んでいるのは、そりゃあもう美人のナースばかりという、本来ならとっても好ましいシチュエーションではあるが。
「…ですから、鵺野さんでしたら玉藻先生と親しいですし、もしかしたらご存知なのかと思って、こうして伺っているんですが」
 と、みんな一様に真剣な表情で鵺野に質問をぶつけてくる、その質問の内容はともかくとして。
 な、な、なーんか殺気立っているような感じがするのは、俺の気のせいか…?
 そんな事を考えてしまうほどの雰囲気だった。

 しかし…その質問の内容というのも何というかまた…。
 鵺野からしてみれば、ちょっとばかりあっけに取られてしまったものだった。

 ここ暫くの間、玉藻が持ってきているお弁当が、このナースたちが鵺野を取り囲んでいる事の発端だった。
 少食なたちなのか…実際は、妖狐であるがゆえに、いわゆる一般的な『食物の摂取』という行為をせずとも平気な所為であるが、そんな事は当然ここのナースたちは知らないことであった故に、多分食事を余り取らない玉藻の事をそう捉えていたのであろうが…まあ要するに余り普段から、玉藻が担当外来患者を担当する曜日に、その外来が途切れた辺りでナースたちが食事に誘っても、殆どの確率でやんわりと断られてしまう玉藻が、最近はずっとそのお弁当を楽しそうに食べている。
 …ならば、一体その弁当は、誰が作ったものなのか、もしかして恋人でも出来たのかと、そりゃあ玉藻に憧れの念を抱いているナースたちが一様に動揺したとて無理も無い事である。
「何か凄く可愛い、たこさんウィンナーが入っていたの見たんですけど…」
「そうそう、それに凄く綺麗に焼けた厚焼き玉子。まるで卵焼きの専門店のものみたいだったわよ!」
「サラダもちゃんと別の容器に入っていて、凄く彩りが綺麗だったし」
「え、私は実物見ていないけど、何でもご飯にピンクの田麩でハート型が描いてあったって…」
「そうなの?私が聞いた話だと、ハンバーグがハート型だったらしいって」
「昨日はごはんに海苔で『LOVE』って書かれていたって話も聞いたんだけど…」
 …ちょっと待てーっ!?
 ナースの話を聞きつつ、さすがに鵺野も動揺の色が隠せなくなってきている。
 確かに、たこさんウインナーとサラダまでは事実だ。
 厚焼き玉子がそんなに絶品だったかは置いといて。
 だけど、どこからかひらひらと尾ひれが付いているのは確実で。
 確かに田麩はご飯に掛けただろうが、それはピンク田麩ではなくて普通の手作り田麩で、更にハンバーグは普通に小型の丸いもの、更にいうなら海苔はおまけに付けた味海苔の袋入りで、文字なんか書かれていたはずが無い。
 そう、それは鵺野が一番よく知っている事。
 何故ならば…。
「ええと…何か凄く盛り上がっているとこ悪いんだけど…あいつの弁当作っているの、俺だから…」
 鵺野の言葉に、ナースたちの会話がぴたりと止まり。
 次の瞬間…驚愕の声にそりは変化していた。
「ええーっ!そ、それはどういう事なんですか!?鵺野さんっ!」
「あの可愛いたこさんウインナーと、凄く美味しそうな厚焼き玉子、鵺野さんが作ったんですか!」
「まさか鵺野さんが、ピンクのハートとかそんな事を玉藻先生に…っ!?」
「ちょ…っ!そんな事までしてないってーの!」
 さすがに自分に掛けられた変な嫌疑だけは晴らしたい所為か、ちょっとだけ鵺野の声も大きくなってしまったとて、それは仕方がないであろう。

 そもそもきっかけは、夏休みに入った為に、鵺野の方に時間の余裕が出来た事だった。
 元々家庭環境の所為か、家事とかは嫌いではなく、その余った時間をどう使うかと思った時に考えたのがお弁当だった。
 鵺野は当然、玉藻が基本的には食事をせずともいいという事は知っている。
 だけど、この人の世で生きている以上は、やっぱり多少なりとも合わせた方がいいだろうというのが彼の持論だった。
 それで考えたのが、このお弁当だったのだ。

 勿論、そんな細かな事まではナース達に言う事はなかったが、現在偶然に偶然が重なり同居している事とか、それで家賃の一端を家事で賄っているとか、そういう事だけかいつまんで話をしたら、あっさりとナースの皆さんも納得されたようである。
「何だ…鵺野先生が作られたのでしたら、別に心配する事もないですね」
 一様にほっとした面持ちのナースたちに、今度は鵺野の方から一つだけ聞きたい事があったので、それを聞いて見る事にした。
「だけど、弁当の中身知っているって事は、当然それ食ってた玉藻の様子も知ってるよな?…どんな感じで食っていたか、教えて貰えるとありがたいんだけど…」
 何しろ自分の作ったものだから、美味いかどうかなんて良く分からないしな、と言い加え、鵺野はナースたちに聞いてみた。
「そりゃあ…凄く美味しそうに食べていましたよ。何だか見ているこっちの方が幸せになるような、そんな感じで」
 だからこそ、余計に弁当の作り主が気になったのだと言うと、その場にいたナースたちがみんな同意の頷きをする。
「そっか…良かった」
 そんな玉藻の様子は自分では伺う事が出来ないけど。
 それでも、自分が作ったものをそんなに嬉しそうに食べてくれているのならそれだけで、まあいいやと。
 それを聞いただけで、鵺野も幸せな心地になったのであった。

H19.8.28 脱稿