たった一日の今日という日

 一体、自分は何をしているんだろうか。
 休日だというのに結構混んでいる電車の車内。
 持っているものを潰さないような体勢をとり、細心の注意を払いながら、龍麻はそんな事を考えていた。
 偶然知った、今日という日。
 何かしたいと思っても、何をしたらいいのか分からずに、その日に定番の物を抱えて来てしまっているが……。
 もし、かえって迷惑だったらどうしよう、とか考えて……さっきからぐるぐる回ってしまっている訳である。
 前もって、その当事者の在宅の確認もしていないというから、余計にぐるぐるしてしまっているのだが、それは驚かしてみたいという、おちゃめな気分もあってのことだからまあいいとして。
 そんな事を考えている間に、電車は目的の場所へ着き、龍麻はここ数ヶ月ですっかり来慣れた道を歩いて行く。

 目的地は、如月骨董品店。

 自分と同じ、高校三年生の店主は、気が向いたときにしかこの店を開けない。
 だから休日とはいえど、開いているかどうか分からなかったのだが……。
 鍵が掛かっている入り口に、さすがにちょっと落胆してしまった。
「あーあ、やっぱり在宅確認だけはしとけば良かったなあ……」
 ため息をつき、龍麻は呟いた。
 せめてこの持ってきた物だけでも置いていこうと思ったが、この物騒な世の中、それはするべきではない。
 仕方がない、持って帰るか……と思った時。
「……龍麻?」
 穏やかな抑揚のない声が自分の名を呼ぶ。
「如月……。お帰り。出かけてたんだな」
「近所の馴染みの客の所へと配達にな。留守をして済まなかった。すれ違いにならなくて良かったよ」
 若き店主は、普通の者なら開けるのに苦労しそうな古い錠を簡単に開けて、来客を中へと招き入れた。


「それにしても珍しいな、君が一人で来るとは」
 骨董品の古き時代の匂いと、今如月が入れた緑茶の香りが、この空間にはぴったり合っている。
「本当は皆で来ようと思ったんだけどさ……。あんまり大勢で来て店先で騒いでも何だし、でもやっぱり……何か黙っているのも……」
 何か上手く言葉が繋がらない。
 考えたら、自分一人でここへ来たのは初めてで、こうして如月と向かい合って話すのも滅多に無いことで、何だか……変なのかも知れないが、自分は緊張しているらしい。
「とにかく……これ作ったから、持って来たんだけど」
 そう言って、龍麻は持って来た包みを如月に差し出した。
「僕に? 何だい一体……?」
 差し出された包みを如月が開けると、中には生クリームの上にフルーツがトッピングされている、そんな食べ物……そう、ケーキが入っていた。
「……誕生日だって、聞いたから。何かプレゼントとも思ったんだけど、何やっていいか思いつかなかったからな。俺の手作りだから味は保証できないが勘弁してくれ」
「それでわざわざここまで届けに来てくれたのか?」
「ああ。みんなで来てぱーっとやるってのも考えたんだけどさ。そういうのあまり好きそうじゃないかもって思ったから。だけど仲間の誕生日に何もしないってのは嫌だったし……」
 それで、取りあえずケーキ。
 何か余りにも単純で、龍麻自身も恥ずかしい位に単純で。
 それでいて、暖かいもの。
「ありがとう龍麻。とても嬉しいよ」
 品物よりも何よりも、その龍麻の気持ちが如月にはとても嬉しいものだった。
 自分は、余り人付き合いが得意ではない……と、如月は思う。
 もちろん店を構えている以上、それなりの付き合いというものは心得ているが、そういう事ではなくて。
 ある一定の線以上他人に深入りしない、そして他人に踏み込ませない。
 そんな付き合い方をしてきた。
 それなのに……。
 何故だろうか。
 そんな今までの人付き合いとは全く違う付き合いをしているというのに。
 こんなにも心地いいのは。
「本当に……不思議な人だな、君は」
 笑い交じりにかすかな声でそう呟いた。
「……え? 何か言ったか? 如月」
「いや……何でもない。折角だから早速戴く事にしよう。店を閉めていくから母屋の方へ行っててくれ」
「あ……店閉めさせるんじゃ、何か悪いな。いいよ置いていくから後で食べてくれれば……」
「前に言っただろう? この店は僕が気が向いたときにしか開けないって。今日はその気分じゃなくなった、それだけのことだよ。それに……こんな大きなケーキを僕に一人で食べろというのかい?」
「……拷問に近いな、それは」
 笑いながら龍麻が答えた。
自分が作っておいてこういうのも何なのではあるが 一人で食べるには大きすぎるケーキ。
 一人でケーキを食べて過ごすには寂しすぎるから、きっとバースデーケーキは大きいに違いない。
「それじゃ、俺もごちそうに……」
 その時だった。
「おーい如月、いるかー?」
 聞き慣れた声が、店の入り口から聞こえて来た。
「やあ京一君、いらっしゃい」
「よう、お、やっぱ来てやがったな、ひーちゃん」
「京一。お前も如月の誕生祝いか?」
「ああ。大勢で行って騒ぐのも何だっていうからさ。俺が預かって来たって訳だけど、お前は来てると思ったぜ。ま、如月、おめでとさん。えっとこの包みが俺と醍醐からのプレゼント……大したもんじゃないけどな。で、このケーキは美里と小蒔とマリィが作ったんだと。小蒔もいたってのがちょっと怖いが、美里の料理は絶品だからな大丈夫だろうさ」
「わざわざ済まないな、京一君。しかしまたケーキか……」
「やっぱケーキ拷問か?」
「こうなったら……京一君、君も食べていきたまえ。持ってきた者の責任においてな」
「……あ?」
 今一理解できずに、間の伸びたようなまぬけた声の、京一の返答だった。
「こーんにーちはー」
 そして、今度は気が抜けそうな高い……それでもやっぱり聞き慣れた声。
「高見沢。お前も誕生祝いか?」
「うん、京一くん大正解ーっ! 舞子ねー、みんなからお祝い預かってきたの。えへっ、でもダーリンにも会えて舞子嬉しいー。でね、私と亜里沙ちゃんから、ハンカチなんだけど使ってね。それでミサちゃんから……」
「ちょっと待て! 裏密からか? 変な薬とかじゃないだろうな?」
「違うよお。もう京一くんったらー。あのね、ミサちゃんからは何だか分からないけど、魔よけの鏡だって」
「これは……珍しいものだな」
「あとねー、駅前で雨紋くんに会ったよ。アランくんと待ち合わせだって。それと紫暮くんと雪乃ちゃんと雛乃ちゃんからのプレゼントも預かってるって」
 ……ということはつまり……
 とっさに龍麻は考えた。
 仲間全員が何らかの形で、こうしてプレゼントを持ってきてくれたということになる。
「……何だかすごいことなのかも知れないな……これって」
「何がだい? 龍麻」
「だって、みんなこうして何らかの形で集まるなんてさ……。みんなすごいなって思ったんだ」
「それは……君のせい……いや、おかげというべきだな」
「……俺の? 俺、何にもしてないよ」
 自らの『価値』というものが、全然わかっていないようだ……自分の言葉に、キョトンとした表情をして答えた龍麻を見、如月は心の中でそう呟き、幽かに笑みを浮かべた。
 多分、京一と高見沢も同じ気持ちだったのだろうか。似たような表情をしている。
「何だよ、おまえら……。俺何か変な事言ったか?」
「いや……別に」
「お前って、そういう奴なんだな……って思ってよ」
「だってー、そこがダーリンのいいところなんだよねー」
 どうやら考えていた事はみんな同じだったようで……三人、顔を見合わせて笑っている。
 皆……それぞれ事情があって……それでも、龍麻がここに……みんなの中心にいるから。
 だから皆が集まる。
 多分……これからも……。

 まだ、戦いは終わった訳ではない。
 他の誰が気付いているだろうか、そのことを……。
 誰が気付かなくとも、如月自身は気が付いていた。
 だがきっと、こうして仲間が集う。
 龍麻を中心として……。
 今いる仲間も、そして……。
 これからも龍麻の元に、数多くの仲間が集まるだろう。
「さて……それでは母屋で茶の支度をしていよう。この際、雨紋君とアラン君にもこの二つのケーキを食べるのを付き合ってもらうとしよう」


「何だか悪いな、如月」
 人数分の茶の支度と小皿とかの用意をしている如月を手伝いながら、龍麻が済まなそうな声で言った。
「何がだい?」
「何か……うるさくなっちゃったからな。あんまり騒々しいの好きじゃなさそうだからみんなで来るのやめたってのに……」
「構わない。確かに……ただうるさいだけなのは余り好きな方ではないが……」
「……だろ?」
「だが……賑やかなのは心地いいものだ。こんな楽しい誕生日は初めてかも知れないな。ありがとう龍麻。君のお蔭だ」
 そう言った如月の表情が、本当に作られた笑顔ではなく、心から楽しそうだったから……それだけで龍麻は十分だった。
「何か……誕生祝いに来て、俺がプレゼントもらった気分だな、そんな顔されると」
 ポットと小皿を両手で器用に持ち、そう言って座敷の方に歩いて行った龍麻の後ろ姿に、如月が呟いた言葉は、龍麻には届いていなかっただろう。
 それでも言いたかった。

 ……この時間が、皆といる時間が何よりもの贈り物だよ……と。

H101024脱稿





取りあえず仲間キャラは、第拾参話までのキャラにしておきました。
(次が修学旅行だし、そう考えると如月のバースデーまでにはコスモ3人もいるかと思ったけど、ちょうど区切り的に第拾参話が良かったので)
同人誌発行時は違う主人公名でしたが、サイトアップにあたり、デフォルト名に。