1/4の願い


「そういや、今日は2月29だよなあ」
 文机に向かって黙々と書きつけをしている元就の傍らで、寛ぐように寝転がったまま元親が呟いた。
「4年に一度しか来ない日ってのも、何か良いよな。そういう日に生まれた奴がちょっと羨ましい感じが…」
とか、ぽつりと呟いたところで。
「よもや、4年に一度しか来ない日なれば、その日に生まれた者は、通常の者の4分の1しか歳を取らぬから羨ましいなどと、そんな馬鹿な事を考えている訳ではあるまいな?」
 元親の呟きに重なった元就のその言葉に、さすがにその通り…とは言いがたいものの、それと似たような事を考えていたとも言えず、元親は続く言葉を黙って飲み込むのであった。

 正確に言えば、元就が言った事とは、間逆の考えだったのだが。
 確かに、4年に一度しか訪れない日というのは珍しいものだから、そういう日に何らかの思いを残せる物があれば、それはそれで羨ましい気もするが、実際の処元親が考えていたのは、そういう事ではなくて。  自分の目の前にいる、この想い人と自分の年齢の差というものをつい考えてしまったからの言葉だった。
 普段こうしている時にはそんな事は全く気にも留めないのだが、時折どうしても考えずにはいられない。
 今日のような、四年に一度しか来ない特別な日だとか。
 あるいは…。
「まったく…相変わらず下らない事ばかり考えているようだな、貴様は」
 書き物をしていた筆を下ろし、元親の方へと向き直って呟く元就の、呆れた様な表情を見てしまった時とか。
 そんな時は、どうしても自分の考えがまだまだ子供だと…元就には到底追いつけないのだと感じてしまうから。
 そして、先程の元就の言葉からすれば、自分がその前に言った言葉に対しての真意は、当然感づかれている事であろう。
 勿論、生まれた時からその差というものは当然ある訳だから、それが縮まる事が無いのは元親とて分かってはいる。
 だから多分…こんな事を思ってしまうのだろうか。
 もしも、元就が四年に一度しか来ないこの日の生まれだったら…自分の方が年上だとせめて思えたのかもしれないのにな…と。
 それを、想像の範疇の言葉とはいえ、下らないと一刀両断にされてしまっては、元親としてはただ拗ねて、元就から視線を外して反対側を向くという行動を取るしかなく。
 そういう態度が子供じみた行為だと、元親自身も分かってはいる。
 ふう…と、深い溜息が背後で聞こえる。
 それと同時に、畳の上を着物が擦る音。
 背後に元就の気配を感じた事で、元就が自分の方へと移動して来たことがわかる。
「ならば問うが…数年後、貴様が今の我と同じ歳になったとして…貴様はどれだけ今の自分と違うと言えるところがあるか?」
 静かに響く元就の声に耳を傾け、それでもまだ背後を向けたまま今の元就の言葉を考えてみる。
 そう…数年後の自分とやらを。
 しかし、そうして考えたとて…多分、その答えは自分で一番分かっていることだった。
 全く…だからこそ、余計に元就には敵わないと思ってしまうのだが、確かに元就の言う通りだ。
「多分…変わってねえんだろうな。相変わらず部下共と一緒にお宝探して、相変わらずこうして…」
 一旦言葉を切ると元親は身体を起こし、元就のほうへと向き直る。
 背後でその気配を感じていた時から想像していた通り、元就がきっちりと凛と背を伸ばして姿勢を崩すことなく座っていたのには、全く元就らしいと思い、少し笑ってしまったが。
「こうして…お前のとこに来てるんだろうよ」
 そういいながら手を伸ばし、元就の頬へと撫でる様に指を滑らせる。  無論、それは今のままの平穏な日が続けば…の事だが、それはあえて喉の奥に飲み込んで言葉にはしなかった。
 言わなくてもこの戦国の世、お互いがそれは承知していることだろうから。
「ならば、我と同じ歳を重ねようが重ねまいが、全く今と変わりないではないか」
「…だな」
 元就の言葉に相槌を打ち、元親が口元で笑みを刻めば、頬に置かれた元親の手に、元就のそれが重なるように置かれ、ほんの少しだけど元就の表情が和らぐ。
 それは多分…自分しか見る事が無い表情で、そして、元親が好きな元就の表情の一つでもあった。
「ま、お互いじじいになっても、きっと変わらないんだろうよ、俺たちはさ」
 それは本当に一つの希望でもあったが、言葉にすると何となく現実味を帯びてくるから不思議だ。

 どんなに時が流れようと、出来ればずっと今のこのままが続けば良いと。
 ただ一つの当たり前でいても、そしてとても我侭な元親の願いでもあった。
 そしてきっと、4年に一度しか迎える事がないこの日に思ったこの願いと今日のこの出来事は、その日が巡るたびにずっと思い出すに違いない。

H20.3.4 脱稿
H24.5.6 改稿